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学芸通信社への追伸 [プロテスト]

 口木様。▽池様。

 あなた方はウソつきです。

 4月下旬の連休前に届いたあなた方(差出人は▽池さんでしたが、それには「健康歳時記」の前任担当者である先輩の口木さんの示唆が強く働いていたはずです)からの手紙には、こうありました。

「未曾有の大震災の影響で──略──F、J、S(手紙には実名明記)の三紙の新聞社が、『健康歳時記』の配信の中止を連絡してきました。一気に三紙の配信中止となりますと、配信するごとに赤字となってしまいます。──略──大変心苦しいのですが、上半期が終わる6月下旬をもちまして、『健康歳時記』の配信を中止することとなりました。」

 これ、全部、ウソですよね。

 当時の配信先は(小生が承知していた分だけでも)一〇紙ですから、三紙がなくなっても七紙は残るわけです。

 なのに、「配信するごとに赤字」とは、あり得ない話でしょう。

 先ごろ、F紙文化部のT部長からいただいたメールには、

〈「健康歳時記」は多くのファンがおり、人気のコーナーですが、震災後、弊紙もしばらく休載していました。「暮らし」ページの再開後、早くに「健康歳時記」も復活させました。〉とありました。

 また、S紙の情報デザイン局のIさんからは、お手紙で、

〈 震災直後、さまざまな事情から、配信原稿はすべてストップしたのですが、「健康歳時記」は読者に人気のコラムでしたので、真っ先に配信の再開を申し入れ、6月から掲載されました。それが間もなく中止になってしまい、本当に残念でなりません。〉と言っていただきました。

 つまり6月には、ほとんど旧に復していたわけです。

 小生は5月中旬、F紙の紙面に「健康歳時記」が復活していることを知り、「それでもやはりこのコラムは打ち切りになるわけですね」と問い合わせました。

 それに対する▽池さんの返事は、

「F紙ですが、弊社から営業をかけ何とか掲載していただけるようにはなりました。」というものでした。

T部長のメールの文面とはずいぶんニュアンスがちがいます

 さらに、小生に知られてあわてたのか、事態を取り繕うような欺瞞的な言葉が連ねてありましたが(F紙の方の耳に入ったらきっと気をわるくされるでしょうね)、それをここに引用するのは控えます。武士の情というやつです。(笑い)。

 そして、7月からは別のライターによる同じコラムの配信が行われています。

 事実は、「配信を中止」したのではなく、「筆者を代えた」のです。

 最初からそうする(つまり、だます)つもりだったわけだ。
 
25年余、それなりの貢献をしてきた(小生が担当するようになった当初の「健康歳時記」の配信先は二紙だけでした)、寄稿者に対して、ずいぶんひどい仕打ちだと思います。

 ま、それが、あなた方の人間性だったら、それでいいでしょう。

 こないだ、テレビサッカーのコパ・アメリカを見ていたら、レフェリーの判定にしつこく抗議した選手が、即座に退場処分をくらう場面がありました。

「へぇ、文句が多いとレッドカードか」と言って、「おれのも、それだな」と思ったら、不意に笑いがこみ上げてきました。

 一緒に見ていた家人もすぐ、小生の胸中のつぶやきがわかったらしく、ぷっと噴き出し、しばらく顔を見合わせて笑いました。

 要するに、今回の一件はそういうことですよね。

 それならそうとハッキリ言うべきでしょう。

 しかし、それを言えば、ケンカになるから、別の理由を探したのでしょう。

 で、(こんな言葉は使いたくないが)「これ幸い」と、ウソの口実に大震災を利用したわけだよね。

 あなた方にも被災地を思いやる心はあるだろう。

だったら、たとえ余人の目には触れぬ私信であっても、そんな無神経な、卑劣なウソをついてはいけなかったのです。

 恥を知りなさい!
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健康歳時記の愛読者H

丸山様。
当方、健康歳時記を掲載していた新聞社に籍を置いている者です。
さきほど「半畳記」でこのブログの存在を知り、読み、おどろきました。

コラムの突然の終了を告げる最終回は、紙面で読みました。
いきなりの話に、これはお体の具合でも悪くなったのかしらん、
そういう話題の回がこれまで何度もあった。そうならば
大変だ、お気の毒だと思い、学芸部のデスクに問うたところ、
「事情はよく分からない」という返答でした。
通信社が配信先の各紙にいかような通告をしてきたか私は知りませんが、
デスクに不可解な印象を残しているようでした。

今回、丸山さんの経緯の説明を読み、事情を承知しました。
用字用語の問題は、単純に丸山さんの主張が全面的に正しいと思います。
署名コラムなのですから、あきらかなミスを除いて、
勝手な手入れを慎むのが編集者のルールです。
通信社の担当の方は、不思議な直しをされますね。
「申し訳ないような不公平だ。」という引き締まった明快な表現を
「申し訳ないようで不公平に思えた。」と凡庸に劣化させる必要など、
私には思いつきません。後の方の文章を、前のように直すのなら分かります。
そういうことができる編集者なら、私は尊敬し信頼するでしょう。

同僚にも感想を求めたいと思います。
by 健康歳時記の愛読者H (2011-08-01 02:20) 

マルさん

 Hさま。
 ありがとうございます。ありがとうございます。いま、胸中にあふれる思いを集約すると、この一語につきます。ありがとうございます。

 どうにも収拾のつかない、さまざまな感情に押しつぶされそうになって、いわば苦しさまぎれの自己救済の方法として始めたブログでしたが、やってみると、なにか引かれ者の小唄のようなみっともないまねをしてしまった、自己嫌悪まじりの恥ずかしさを覚えたりもしておりました。

 それだけに親切なご理解にみちたお言葉をいただき、ただただありがたく、うれしく、励まされ、気持ちの安らぎを(あえて言えば、生きる力を)与えていただきました。
 ブログを開いてよかった! つくづくそう思っています。

 かねがね思うことですが、文章というのは、子どもに似ているようです。
 自分の文章に対する執着には、自分の子どもへの愛情と似たところがあって、ともすれば盲目的な偏愛に陥りかねない危険をはらんでいるように思われるのです。
 拙い文章にこだわり、熱し、激するあまり、わが子の非は一切認めようとしないモンスターペアレントになってはいけない、と自戒していたのですが、どうにも我慢できず、つい文句を言ってしまうことが重なり、今回のような仕儀に至りました。長年、活字の世界の片隅で細々と生きてきて、初めての経験でした。

 コメントを拝読して、痛切に感じることは、こんな人とだったら、どんなにか楽しく、幸せな気持ちで、仕事ができただろう! ということです。

 感動と感謝の思いにせかされ、とりとめないことを記しました。

 もう一度、言わせてください。
 Hさん、ありがとうございました。
 
 あ、いま、コメントの最後の数字「02:20」に気がつき、その意味する情景を想像し、粛然たる思いに打たれています。
                丸山寛之拝

by マルさん (2011-08-02 11:51) 

菅野喜久江

福島民報新聞で長年丸山さんの記事を楽しみにし、又たくさんのお知恵もいただき大ファンだったのに突然書き手が変わり感動しない記事にガッカリしています、このような事をウヤムヤにせずきちんと話された丸山さんに共感しています
by 菅野喜久江 (2012-01-17 12:03) 

マルさん

菅野喜久江さま。

ありがとうございます。

じつはパソコンが壊れてしまい、メーカーに修理に出しておりました。

いま、しばらくぶりに拙文コラムをのぞいて、うれしいコメントを拝読しました。

あんな小さなコラムをご愛読いただいたうえ、ありがたいお言葉、ただただ感謝あるのみです。

あのあと、いろいろ耳に入ってきたこともあり、その辺のことも明らかにしたいと思っています。

なお、健康歳時記をまとめるかたちのブログをほとんど毎日更新しております。

お気が向いたらグーグルなどで「健康1日1話」を検索し、のぞいてみてください。

ああ、今日はなんといい日なんだろう!

もう一度、ありがとうございました!

丸山寛之拝
by マルさん (2012-02-03 10:42) 

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